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倉敷物語はちまん ロゴマーク
構想約10年、ついに倉敷物語〜はちまん〜が書籍化しました。
長期に渡って公式サイトで連載してきた「くらしき物語〜はちまん〜」。
倉敷の歴史と文化、友情や命の大切さを詰め込んだ感動の大作となって完成しました。

倉敷物語小説販売
当館公式オンラインショップで販売しています。

倉敷物語展開催中
館内では出版記念企画展を開催中です。



倉敷物語とは?
倉敷の町の始まりは今から400年前の、江戸時代の初めにさかのぼります。
 
天正12年、岡山城主宇喜多秀家によって大規模な干拓が行われ、阿智神社のある鶴形山周囲の千潟は農地になりました。
 
当時の倉敷村では、新田開発や綿花栽培が盛んでした。その頃水田の要であった倉敷川のほとりに、近隣の村から集まる年貢米を収めるために、本瓦葺の白壁の蔵屋敷が建て始められました。倉敷という名前は、この蔵屋敷に由来すると言われています。
 
幕府の直轄地・天領となり、町衆は経済力を背景に地方自治を進展させていきます。その中で独自の町衆文化の育まれ、今日の文化の香り高い町のルーツにもなっています。明治に入ると、倉敷の町は経済的にも文化的にも大きく発展していきます。それに大きく貢献したのが、大原孫三郎でした。
 
明治22年、孫三郎の父・大原考四郎により倉敷紡績所が設立され、倉敷は日本有数の紡績会社のある町になりました。若干26歳で2代目社長になった大原孫三郎は倉敷の実業家であり、理想を追い続ける会社事業家でもありました。
 
明治32年、大原孫三郎は、岡山孤児院をつくり生涯を孤児救済に捧げた石井十次に出会い大きな影響を受けます。孫三郎の社会事業展開へのきっかけになった人物です。
 
明治35年、東京美術学校西洋画科の学生だった児島虎次郎に出会います。大原奨学生になった1歳年下の児島虎次郎とは、以後生涯を通じての信頼関係が続きます。倉敷のシンボルとも言える大原美術館に展示されている世界の名画は、大原孫三郎の許可を得て児島虎次郎が自ら、ヨーロッパで精力的に収集した名画であることはあまりにも有名です。
 
明治から大正、昭和の初期にかけて、大原孫三郎は倉敷紡績を育て、倉敷絹織を興し、中国銀行や中国電力の礎を築き、地域の産業振興に努めました。また、事業のかたわらで大原農業研究所や大原社会問題研究所、倉敷労働科学研究所などを設立し、また倉敷中央病院を開院しました。
そして、昭和5年に、画家児島虎次郎の遺志を継いで、日本初の西洋近代美術館として、大原美術館が大原孫三郎によって開館されたのでした。

明治から大正、昭和にかけて倉敷の町が大きく変貌し発展する時代に、米穀商の商家の娘として生まれた主人公・松原藤乃が、倉敷の町を愛し築いてきた実在の人物たちに影響を受けながら、自立した女性として成長する歴史物ラブストーリーが「小説版倉敷物語〜はちまん〜」です。
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